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飯塚雅幸&藤間知枝自宅の玄関が、孫作成の「フラワーアレンジ」で華やかです

孫の作品「フラワーアレンジ」です、「サックスの鉄線アレンジ」と共に我が家の玄関が華やかになりました。 飯塚 雅幸・藤間 知枝


藤間知枝主宰「ペアーレ藤友会」が「2021ペアーレ・フェア」に出演しました。

10/17(日)「大曲市民会館」で13時30分頃から、番組は 歌謡曲「古城」を有明裕美・齋藤裕子・佐々木幸子・鈴木ショウ、そして歌謡曲「花」を藤間知枝・有明裕美・齊藤裕子・佐々木幸子・鈴木ショウが舞ました。皆さん久々の大舞台、会場の皆さんからたくさんの拍手を頂きました。有難うございました。 藤間 知枝


飯塚雅幸が10/10(日)モリボの里・奥羽山荘「哀愁のサックス・飯塚雅幸ワンマンライヴ」に出演しました。

10/10(日)モリボの里・奥羽山荘「哀愁のサックス・飯塚雅幸ワンマンライブ」を、コロナ対策を万全にたくさんのお客様の中開催頂きました。皆様ありがとうございました。 飯塚 雅幸

 

 


飯塚 雅幸・藤間知枝の孫の小二の女の子が「マラソン大会」で優勝しました。

 

4人の孫の一番下の女の子が「マラソン大会」で優勝しました。運動が苦手な我が家で唯一の「快挙」です・ 飯塚 雅幸・藤間 知枝


飯塚雅幸&藤間知枝の自宅庭のテントでの「安上りパーティ」です。

我が家の庭にテントを張って、いつもの「安上りパーティ」です。今回は全員揃っていませんがおいしいです。 飯塚 雅幸・藤間 知枝


飯塚雅幸・藤間知枝の同期生、世界のバリトン歌手「小松英典リサイタル」です。

 コロナで キャンセルがあいつぐ中、私の人生の「古いタンスの引き出し」から出てきた数年前のコンサートです。「ドイツ連邦共和国の永久プロフェッサー」の称号を持つ「小松英典」氏、ヨーロッパでCDアルバム数十枚をリリース、そして日本歌曲の第一人者「城守香」さん、ピアノは世界の歌い手を伴奏の「田中悠一郎」氏、そして当時日本のトップモデルで「夜のヒットスタジオ」の名物司会者だった「芳村真理」さんと共演させて頂きました。音楽に対する重みが違います、私のような者にもお心づかいを有難うございます。 飯塚 雅幸

 


飯塚雅幸が一番好きな力士「妙義龍」関が秋場所・いぶし銀の活躍をしました。 

                                                                                                      私の一番好きな力士「妙義龍」関が、群雄割拠の秋場所で8年ぶり6回目の「技能賞」を獲得、千秋楽まで優勝争いに加わり関脇在位8場所・金星6個の最盛期から8年たった34歳で、正に「いぶし銀」の活躍を見せました。私が彼を好きな理由に「心」格のある土俵上の立ち居振る舞い、そして「技」技能賞6回に裏ずけられた確かな技術「体」角界一の体脂肪率「22%」の均整の取れた体格、それに加えて「和」同級生だった奥様と1歳と4歳のお子さんをこよなく愛する姿、等です。今回の地位では絶対対戦するはずがない「大関」二人を見事に破った「妙義龍」は「金足農高」の快進撃とダブリ、久々に興奮しました。この事から年が行っても努力を重ねれば「結果が出る」を教えて頂きました、有難うございます。「照国」「清国」を輩出した秋田の地から益々の活躍を応援しています。 飯塚 雅幸・藤間 知枝


飯塚雅幸が秋田市山王ワインガーデン「リッシュブール・ワイン&JAZZの夕べ」に出演しました。

9/22(水)秋田市山王、FM秋田「ほろ酔いJAZZナイト」でお馴染みの「岸部有三」氏のワインガーデン「リッシュブール・ワイン&JAZZ」の夕べがコロナ対策を万全に限定席ながらたくさんのJAZZ&ワインファンで、会場は「興奮のるつぼ」と化しました。ご機嫌にドライブするオン・ベース「岸部有三」いぶし銀のオン・ギター「佐藤郁夫」にオン・サックス「飯塚雅幸」のスモールコンボバンドはこのコロナの2年間リハーサルを毎月行い、コロナで中止の2回を除く月一回のLIVEも回を重ねました。今回のLIVEはスクリーンミュージックをベースにしたスタンダード14曲を演奏し「岸部有三」氏のMCが会場を更に盛り上げました。次回のLIVEは10/23(土)です。すぐ満席になりますので、お早目のご予約をお待ちしています、TEL018-862-7976(ワインガーデン、リッシュブール)飯塚 雅幸

          

        

 

 


藤間知枝の長唄「初しぐれ」です。 

25年前の写真です・・・・「光陰矢のごとし」です。 藤間知枝

 


飯塚雅幸が愛読していた懐かしい11年前の「スィングジャーナル・最終号」です。

1947年に創刊された「スィングジャーナル誌」が63年の歴史を刻み、2010年7月号をもって廃刊となりました。昔、胸をときめかせて本屋さんにこの「スィングジャーナル」を買いに行ったことが、昨日の事のように思い出されます、廃刊となった大きな要因として、オーディオ製品などの広告収入の減少があったそうです。私の生まれる3年前から創刊、そして今から11年前に廃刊した「スィングジャーナル誌」がもたらしたものは多大でした。私が青春のころ「クラシック音楽」に比べ、一つ落ちる音楽と評価されていた「JAZZ」ですが、今では「20世紀が生んだ最大の音楽芸術」として、あらゆる音楽に影響を与えており、JAZZの教育・啓蒙に寄与し発展させた「スィングジャーナル誌」に今更ですが、敬意と感謝を述べたい思います。 飯塚 雅幸