月: 2010年4月

飯塚雅幸(サキソフォン)が出演の、6 /13「ペドロ&カプリシャス」のTVコマーシャルがABSで放映中。


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6月13日(日)の「ペドロ&カプリシャス」ディナーショウのテレビコマーシャルが、5月から秋田放送で放映されます。

上2枚の写真が「五番街のマリー」の曲のバックで放映されます。

この企画のプロデューサーは、私の大先輩の、日本を代表する、トランペッター野村たけしさんで、10年以上前に「島倉千代子」のバンドマスターとして、秋田でいっしょに仕事をさせていただいたきりで、家内共々再会をたいへん楽しみにしています。

「ペドロ&カプリシシャス」は1代目ボーカル前野曜子さんの時に「別れの朝」で大ヒットを飛ばし、2代目のボーカル高橋真梨子さんで「ジョニーへの伝言」「五番街のマリー」で括弧たる地位を築き、紅白歌合戦にも出演しました。

3代目の現ボーカリスト、松平直子さんの時代では、本格的、ラテンバンドとして、キューバ、メキシココンサートを成功させ、括弧たる日本の一級ラテンバンドとしての地位を築きました。

先輩、野村さんとペドロ梅村氏は「水原弘&ブルーソックス」時代からの旧友で今回の企画が、私のお願いで秋田で実現しました。

豪華なお食事とフリードリンク付きのディナーショーで、料金がなんと、10,000円・・・たいへんお得な企画です。皆様のお越しをお待ちしております。

また、久々に先輩、野村さんと一緒にプレイ出来ること、そして家内共々、久々にお会い出来ること今から楽しみです。

                       飯塚 雅幸・藤間 知枝 

 

 


飯塚雅幸(サキソフォン)の10年前、太田の広報誌に載った時の回顧、そして今。

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 上下の記事は、私のホームぺージの掲載記事には載っていないもので、今から10年前に太田の広報紙に載った記事です。




 



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当時、休みがとれなくお金もなく、夜行バスで東京銀座の「ヤマハホール」にたどりつき・・・しかしながら、飛行機で到着したような顔をして受け付けし、その後の演奏風景です。

この時、タキシードはヤマハさんもちで、紹介された一流の銀座のお店で一番ハデな物をかりました。

終了して、隣りの「サッポロ」というビヤホールで一人で飲んでいたら、7時のゴールデンタイムのNHK総合で、私の数時間前の演奏が放映されていました。

さっきの演奏の前の夜行バスの到着後、東京温泉に入っていて良かったと、すご・・・く思いました。

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上の写真は最近の写真で、韓国の旅行会社の社長、崔奉根氏から、私の好きな世界のフォークソング、「アリラン」を演奏した時に握手を求められた時の写真です。今も崔さんからお便りを頂いています。

10年前は少し、生意気だったことが上2枚の写真で感じますが、下の今の顔のほうがいい顔をしていませんか・・・。

くだらない自分よがりな文を、飲みながら書いてしまいました。

お許しください。                飯塚 雅幸

 


藤間知枝(日本舞踊)藤友会・ぺアーレ教室の会員の踊りが、大曲土屋館わいわい広場で披露されました。

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013.JPG                                                                                           4月24日(土)11時より、ぺアーレ大仙前の土屋館「わいわい広場」を会場に、さまざまなイベントが行われ、藤間知枝(日本舞踊)藤友会・ぺアーレ教室の会員7名の踊りが披露されました。

踊りの演目は「元禄花見踊り」で、この季節にふさわしい華やかな雰囲気が会場を包み込み、好評をいただきました。

たくさんの方々にご覧いただきうれしく思います。お寒い中ありがとうございました。

 





010.JPGまたぺアーレのロビーでは、「むかしっこ」が私の夫の同期生の倉田直美さんの司会で語られており、私ども夫婦が大仙市生涯学習情報誌「かりよん」の掲載でたいへんお世話になりました伊藤清一元校長先生の語り「へやみこぎ」を聴かせて頂きました。さすが味のある語りで、すばらしかったです。

下の写真は伊藤清一先生がお元気でご活躍の、今日の写真です。(先生、写真のご了解ありがとうどざいます。)

今日もいろいろな出会いを頂きありがたく、感謝申し上げます。

                                     藤間 知枝

 


飯塚雅幸(サキソフォン)は先輩、野村たけしさんと「ペドロ&カプリシャス」のショーで共演します。

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高橋真梨子が2代目のボーカルとして所属した、「ペドロ&カプリシャス」はペドロ梅村が率いる、一級のラテンバンドとして、「別れの朝」「ジョニーへの伝言」「五番街のマリー」などを連続ヒット。

NHK紅白歌合戦にも出演。3代目ボーカル現、松平直子は、イトーヨーカ堂、オートバックスのCMでもおなじみです。

また、1997年には、メキシコ、キューバコンサートを成功させ、括弧たる名門ラテンバンドの地位を確立しました。

このバンドのバンドマスター、梅村氏と懇意にしている、私の先輩で日本を代表するトランペッター野村さんのおはからいで、上の企画が横手で実現できます。

6月13日は薫風かおる時期で、これからの良き季節を祝うかのような、「初夏のラテンリズム」をコンセプトにしたコンサートを東京の野村さん、ペドロ梅村さんに組み立てていただいています。

その企画のゲストとして先輩の野村さんと私が、、ラテンの曲を演奏させていただきます。

昨年の日本を代表するビックバンド「森寿男&ブルーコーツ」との共演同様、主催の横手セントラルホテルに感謝し、一生懸命頑張ります。

ディナー&ドリンク付きの10,000円は、リーズナブルで、すごーい・・・と今から評判をいただいています。

ゲストのところを大きくし、野村たけしさんを紹介します。



007.jpg今日は 宣伝をしてしまいました。ありがとうございます。

                                       飯塚 雅幸


飯塚雅幸(サキソフォン)が県南出身の女流洋画家・A・Oさんに15年ぶりに会ってきました。

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 「あなたの音楽会があったら知らせてください」と言っていただいていた、洋画家のA・Oさんに今日、15年ぶりにお会いし、私のCDをプレゼントさせていただきました。

彼女は90歳を超えているにもかかわらず、今もとても上品で、いまだに、少女のような心をもっておられ、とても元気でいてほんとうに安心しました。

上の絵は、洋画家A・Oさんがドイツのミュンヘンで活躍されていたころ描かれた物で、彼女と知り合った頃いただき、自分の部屋に大切に飾らせていただいています。

いろいろな事情でお会い出来ませんでしたが、記憶がすばらしくA・Oさんが好きなジャズを私が続けている事、家内が日本舞踊をやっていた事など鮮明に覚えていてくれました。

そして当時A・Oさんが気にいっていた、曲がり木で作ったチェアー を今も大切に使っていた事などを見てほんとうに懐かしく、また、彼女がとても再会を喜んでくれ、もっと早く来れば良かったと思いました。

A・Oさん今日はありがとうございました。   飯塚 雅幸

 

 

 

 

 


飯塚雅幸&藤間知枝が、「えがお介護センターひびき愛」竣工祝賀会に招かれ、祝奏・祝舞致しました。

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いつもお世話になっている、株式会社えがお、代表取締役・三浦豊様のご依頼で、「えがお介護センターひびき愛」の竣工パーティに夫婦でお招きを頂き、たいへんすばらしいひと時を過ごさせていただきました。

お祝いとして藤間知枝(日本舞踊)は「長唄・蓬莱」を踊り、飯塚雅幸(サキソフォン)は「この素晴らしき世界」を演奏させていただきました。

また、社長、三浦豊様のご好意で、私どものお祝いの踊り・演奏の後、パーティのお席をご用意いただき、いろいろな方と楽しい時間を過ごさせていただき感謝いたしております。

その歓談の中で、藤間知枝の母、故山脇セツが「なごみの里」でお世話なった際、母の事を覚えていてくれた職員の方々がおり、たいへんありがたく感激いたしました。

三浦豊社長、職員の方々のご健勝と、「株式会社・えがお」の益々のご発展をお祈りいたします。

                 飯塚 雅幸・藤間 知枝                

 


飯塚雅幸(サキソフォン)の師匠、故土田真弘氏のLPが横浜からCDになっておくられてきました。

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先日、「酒遊サミットINなんがい」で再会した横浜の磯部さんから、またまた、今度は私がお土産として差し上げた、師匠、故土田真弘氏のレコードがCDになって送られてきました。

磯部さんはジャズを愛する方で、私より一周りお年を重ねた大先輩ですが、りちぎに、差し上げたLPを大切な物をお借りしたとして返してこられ、さらにはCDにされてお送りいただきました。

そして、土田先生の演奏にたいへん癒された、とのお言葉をいただき、感無量でした。

土田師匠の自慢ではありませんが、ジョニーホッチス、ウイリースミスのスタイルを確立し、それを貫いた唯一の日本人プレーヤーである土田先生のあの渋いプレーを聴いて頂いたこと、弟子としてほんとうにうれしく思います。

上の新聞に土田師匠の事が書かれていますが、日本の一級の音楽家として、私は土田師匠を今も尊敬しています。

レコードの写真の中に日本を代表するトランペッター・野村たけしさんがいますが、今年の6月に、「ペドロ&カプリシャス」のショーのゲストで一緒に共演させていただきます。

磯部さんありがとうございました。      飯塚 雅幸

 

 

 

 

 


飯塚雅幸(サキソフォン)に東京の小ノ澤美小絵さんからCD2枚が送られてきました。


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今日、私の師匠、故土田真弘さんの弟子の後輩で、東京で活躍している、ピアノの小ノ澤美小絵さんからお便りをいただきました。(3枚目の写真中央が小ノ澤美小絵さんです。)

彼女の演奏とアレンジ(一部は彼女の作曲)で写真1枚目は津軽三味線とのセッション系バンド「東京最前線」「AsianSupernovaいうCDと、写真2枚目は「想起」というCDで、「ryo-ki」のものです。

ゆっくりとこの2枚のCDを聴かせたいただきました。小ノ澤さんはクラシックとジャズの両面で深く音楽を理解し、その上に立った演奏・アレンジメント、そして、やわらかい感性で全体をリードしています。オリジナルのジャズワルツ・・・なかなか良かったですよ。

又、彼女は家庭と音楽活動を両立しながらがんばっています。すばらしいと感心しています。

師匠、故土田先生の代わりに聴いて下さいとあった、小ノ澤さんの気持、たいへんありがたく大切に感じています。ほんとうにおめでとうございます。

いつか機会があったら、彼女と共演の機会をつくりたいと考えています。小ノ澤さん、がんばってください。  飯塚 雅幸

 

 

 

 

 

 

 


滑川五郎先生からのご指導で、飯塚雅幸(サキソフォン)がサキソフォンの誕生の地を知りました。

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002.jpg今日は私の家族がいつもお世話になっている、滑川五郎先生から教えていただいた、サキソフォンに関する事を書きます.

まず一番上の写真は、自分が昨秋、宇都宮で演奏した時の写真です。かなり年をとった私が吹いていますが、サキソフォンはあまり年齢に違和感がなく、ありがたいと思っています。

その証拠に、医師として多忙を極めている滑川五郎先生は、写真家としてプロ並みの活躍をされていますが、それらと並行し、私よりずっと年齢を重ねていながら、サキソフォンを楽しんでおられすばらしいなあと思っています。

また三枚目の写真は、滑川先生から頂いた写真ですが、この写真はベルギーのブリュッセルのアドルフ・サックスという方が作ったサキソフォンの誕生の記念碑だそうです。

私はサキソフォンを初めて、45年になりますがこのような事を聞いたことがありませんでした。・・・ただサキソフォンという楽器がここにあるんだなあ・・・なんてしか思っていませんでした。

また、毎年私に年賀状をいただく方で、「金属型曲がり尺八」を今年も期待しています。と書いていただくありがたい人がいます。

これは、戦時中冗談を別にして、国がサキソフォンの事をそのように呼ばせていたとのことです。

いずれにしても、物事を深く追求していくに当たってこのような話を聞くことは、演奏にも深みが出てくるのかなあなんて、生意気なことを書いてしまいました。

二枚目の写真は、滑川先生の歌を私のバンドで伴奏させていただいた時のものです。

滑川先生ご夫妻、ほんとうにいつもお世話様になりありがとうございます。                       深   謝

             飯塚 雅幸・藤間 知枝

 

 

 

 


飯塚雅幸(サキソフォン)と師匠、故土田真弘(サキソフォン)の若いころの資料がでてきました。



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一番上は、私が20歳の頃、新宿コマ劇場ダンス会館に出演していた時のスケジュール表です。書き込みのメモの中にアオイスタジオのレコーディングの仕事も当時あったようです。

残念ですが、この新宿コマ劇場はなくなってし
まいました。

2番目のスケジュール表は師匠、土田先生が30年程前、東京・六本木のジャズラウンジ「スターダスト」に出演していた時のものです。

むかしの一流ミュ-ジシャンがズラリとならんでいてすごいです。

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左の写真は、23歳頃に香港、シンガポール、台湾へ仕事で行った時の写真です。

髪の量が今の3倍ぐらいある事と、お腹の肉がない事、こんな時代もあったんだなあと思いました。

また若い時、日活の和田浩冶に憧れていましたのでポーズと共に背景もそれらしく、かっこうをつけている感じです。

58キロしかなく、飛行機の中でサウジアラビア人とスチュワーデスに間違われた事がありました。 

 
 
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上の写真は師匠、故土田真弘先生が「世良嬢トリオ」ウイズ、ドラムジミー竹内のコンサートのゲストでの30年前の写真です。

土田先生の写真の楽器は、先生の遺品として私が大切に吹かせていただいている「アメリカン・セルマー・スーパー6」の製造番号8万台の最高級品です。

こんな宝物がいっぱいつまっている昔の資料・・・・・少し自分の時間ができたので、これからの「宝物探しの旅」おもしろくなりそうです。次をお楽しみに・・・・・        飯塚 雅幸